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ミスユニバースでまさかの優勝者取違え。原因は受賞者カードのユーザビリティにあり

アメリカのラスベガスで開催された2015年のミス・ユニバース世界大会にて、司会者が優勝者を取違えるという前代未聞のハプニングが発生しました。

順調な滑り出しで始まったセレモニーは、いよいよミスユニバースの発表というクライマックスを迎えます。候補としての残ったのはフィリピンとコロンビア。候補者も観客も、今年の優勝者の発表を固唾を飲んで待っています。ところが何を血迷ったか司会者は優勝者を取違え、第2位のコロンビアをミスユニバース2015として発表してしまうのです。

スポットライトが盛大にあたり、会場や本人のボルテージは最高潮に。そして栄冠の象徴であるティアラが授与され、涙ぐむ受賞者に観客も大きな拍手で応えます。ところが、ここでさっきの司会者がすごすごと戻ってきて、とんだ「ごめんなさい」をすることになるのです。

20160413001涙を流しながら受賞の喜びをピースで表現するコロンビア代表。この後の展開を思うとかわいそうです。

20160413002間違いに気づいた司会者が、バツが悪そうにヨロヨロと近づいてきます。こっちもかわいそう。

20160413004「コロンビアじゃなくて、フィリピンが優勝です」 観客と候補者から悲鳴に近い歓声が・・・ Oh! my god! と聞こえてきそうです。

20160413003訂正アナウンスの後も事態を呑み込めないフィリピン代表。となりのUSA代表が「あなたが優勝よ」と囁いているようです。

ちなみにこの後、まわりに促されてフィリピン代表はステージの中央へ行くのですが、ティアラをかぶったまま呆然としているコロンビア代表があまりにかわいそうで見ていられなくなります。

司会者は実績もある著名なコメディアン

大失態を演じてしまった司会者は、自身のラジオ番組やトークショーを持っているコメディアンのスティーブ・ハーベイさん。しゃべりのプロである同氏は、テレビカメラや大勢の観客の前に出るのは慣れているはずで、「緊張しすぎて頭が真っ白になりました」的なミスを犯すはずもありません。

では、なぜこんな事故を起こしてしまったのか、それは受賞者が記載されたカンペカードにありました。

20160413005「カンペが間違ってるんです」と言ったかどうか知りませんが、カンペカードをアピールするスティーブさん

これだと見えにくいので、拡大して再現してみました。

20160413006A5版ほどの大きさに、優勝者と2位以下の候補者が書かれています

直感的にわかりにくいデザイン

まずは書いている内容を整理してみましょう。

タイトル部分は「ミスユニバース2015 予選ファイナルの上位3名」という意味です。そして右下に優勝者=ミスユニバースがフィリピンであること、そしてページ中央に2位がコロンビア、3位がUSAと表示されています。ちなみに「Runner Up」とは”2位の人”とか”次点候補者”という意味ですので、ミスユニバースから漏れた中での1位(つまり2位)がコロンビアという意味になります。こういった表記は欧米ではよく見られるようですが、ちょっとわかりにくいですね。

全体の文字数は少ないですし、難解な言葉が使われているわけでもないので(「Runner Up」はネイティブスピーカーなら誰もがわかる単語)、じっくり読めば優勝者がフィリピンであることは容易にわかるはずです。しかし、このカードには自然な流れに反する要素があるため、直感的な理解を妨げています。デザインとしてマズい要素を上げてみましょう。

①序列の低いものから並んでいる

成績発表のような序列があるリストの場合、スコアや順位が高いものから順に並べるのが一般的だと思いますが、これは逆(上から3位→2位→1位)となっています。自然な流れに逆らっているところが分かりにくさの要因ではないでしょうか。

ただ、カードを作ったスタッフは「実際の順位」ではなく「司会のオペレーション」に合わせて表示することを”自然な流れ”としたのかもしれません。当日の進行スケジュールでは、”3位を発表した後に1位を発表する”という流れになるため、3位を上にして1位を下にしたと考えられます。

②優勝者と候補者が切り離されている

カードの作り手は優勝者を一際目立たせようとしたのかもしれませんが、右下に寄せてしまったことで、却って視覚的に目立たなくなった可能性があります。例えば下記のような持ち方をしてしまうと優勝者が見えなくなってしまい、更に数字の「1」が心理的なアンカーになることで(1はトップという意味だから)コロンビアを優勝と勘違いしてしまった可能性があります。

20160413007パッと見ただけだとコロンビア優勝と誤解してしまいそうです。(ちゃんと読めばわかるんですけどね)

わたしならこうデザインします

私がスタッフなら、上のような問題点を加味して下記のようにデザインすると思います。

20160413008ティアラのアイコンと黒背景で優勝者を強調し、数字のアンカーと序列を活用して1位から3位をわかりやすくしました。

謝罪ツイートを見るとスティーブさんにも課題が・・・

一連の騒動後、件のスティーブさんが謝罪のツイートをしているのですが、この中で彼自身の課題も明らかになります。下記が実際のツイートなのですが、フィリピンのことを聖書のピリピ人と書いたり、コロンビアをコルンビアと書くなど杜撰なスペルミスだらけの投稿をしているのです。普段の何気ない投稿ならいざ知らず、大失態に対する謝罪であれば、それなりに慎重を期すのが普通の人の感覚だと思うのですが・・・

まさに恥の上塗りをしてしまった投稿は、その後彼自身によって削除されています。かなり天然な方なのか、サザエさん並におっちょこちょいなのかもしれません。

騒動後、米国では「スティーブがアカデミー賞授賞式の司会を担当したら、レオナルドがオスカーを受賞しちゃうよ」というジョークとネタ画像が出回りました。これは映画「タイタニック」以降、何度もオスカーにノミネートしながらも受賞を逃してきたレオ様にひっかけたブラックジョークですが、その後、レオ様は「レヴェナント 蘇えりし者」で初のオスカーを獲得するのでした。いやー、おめでとうございます。

デザインする者としての教訓

今回の大失態は「かわいそうなアクシデントだったね」と同情して終わりにするだけではなく、”他山の石”として様々なことが学べると思います。私が今後デザインする上で教訓にしたいと思ったことをまとめてみました。

「人はよく見ていない」という事実を忘れない

今回の不幸なアクシデントは、突き詰めれば司会者がしっかりと事前にカードの内容を確認していれば何の問題も起きなかったはずです。当ブログの中でいくつかデザイン上の問題を取り上げましたが、いずれも「こうすればもっとわかりやすくなるよね」という類のもので、明らかな誤植やミスリードを引き起こす重大な過ちがあるわけではありません。

しかし、アクシデントの要因を司会者だけに押し付ける気はありません。我々も日常生活の中で、彼と同じような勘違いを繰り返しており、その原因の一つが「ちゃんと確認していなかった」ことであることが多いからです。我々の脳は基本的にサボりたがりなので、情報収集をなるべく簡単に済ませようとします。必要そうな部分だけ掻い摘んだり、一部から全体を想像したりするなど、無意識に低燃費走行してしまいます。

認知の労力をケチった分、少ない情報で判断せざるを得ないので結果的に勘違いが生じてしまうのです。しかしこの人間の性を変えることはできないので、デザインをする際はできるだけわかりやすく誘導したり、必要性の低い情報を見せないなどの工夫が必要になってくるのだと思います。

直感的なデザインを心がける

上記の教訓とも通じますが、認知のコストを下げるには、より直感的に理解できるデザインにする必要があります。例えば、もともとのカンペカードを見ると、フォントの大きさを変えるなどの工夫は見られるものの、視覚的な効果が限定的です。ティアラのアイコンを加えたり、優勝者の背景を白地以外にするなどの工夫があれば、より直感性が高まると思います。

読まなくても見ればわかるものにする

「読む」のと「見る」のは、似ているようで異なる動作です。「読む」とは活字の情報を認識し、意味のある塊に分解し、それを理解して初めて”読んだ”ことになる一方、「見る」は知覚するだけです。そのため「読む」より「見る」ほうが、認知のコストは低く済みます。

例えば、下記の画像の中から「MISS UNIVERSE 2015」という文字と、ティアラのアイコンを探してみてください。恐らく文字を探すよりもアイコンを見つけるほうが楽に感じるはずです。このように視覚要素を適切に用いることで、「見て」フォーカスする場所を特定し、「読む」範囲を狭めることができると思います。

20160413008

日常の業務の中に、少しでも活かしていければと思った次第です。日々精進っす。

ちなみに不幸にも優勝の喜びから引きずり降ろされてしまったコロンビア代表のメッセージは、あまりにも大人な対応すぎて心を打ちました。そのコメントはこちら。

「全てのことは理由があって起こるんです。ですから、私は自分が今までやってきたことに満足しています」

すばらしい。こんな対応ができる人間になりたいものです。日々精進っす。

東京の片隅で、娘+嫁+猫2匹と同居中。家族が寝静まった深夜に、FPSとシミュレーションに興じるサラリーマンゲーマー。家事&育児と仕事に追われる毎日で、買ったものの開封すらしていないゲームが多数。マジで老後はゲーム三昧の日々を送ろうと固く心に誓いながら、日々を清々しく生きています。